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インドールで見た社会企業家 [シルク・コットン]


12月5日から9日にかけてハイデラバード、インドール、ムンバイと駆け足で旅してきた中で、インドールではプラティーバ・シンテクス社(Pratibha Syntex)「ヴァスーダ(Vasudha)」と呼ぶプロジェクトの事業地を再び訪問した。オーガニックコットン生産農家の方々との交流、種子実験栽培農場の見学、プラティーバ社が社会貢献の一環として建設した小規模コットン農家向け摘み取り済みコットンの一時保管倉庫、建設中の学校等の見学と、前回11月末に下見で訪問したのとほぼ同じコースを訪問したが、今回はプラティーバ社がインドール市郊外の経済特区で操業している紡績工場、縫製工場も見学させてもらい、スレヤスカー・チョードリー社長とも面談させていただいた。

プラティーバ社は1979年にグジャラート州スーラトで創業開始したが、現在のインドール郊外の工場は1997年の建設である。綿紡績から始まった事業はそのコットン生産農家との連携、縫製と川上・川下両方向に業態を拡大し、今や原料生産から衣料製品加工・輸出に至るまで、全ての生産工程を傘下に入れる垂直統合型の企業に成長した。

以前も書いたことがあるが、コットン生産は化学肥料や農薬の大量投入により生産ロットを確保していくため、農家は投入財購入に巨額の借金を背負わされる。その借入金利は月利2~3%、年率換算で24~36%と高いものである。当然、生産したコットンが高く売れないと借金の返済もできず、借金でがんじがらめになっている農家も多い。

チョードリー社長がヴァスーダ・プロジェクトを1999年に開始したのは、こうしたコットン農家を借金地獄から解放したいとの思いからだった。当然最初はコットン農家も懐疑的だった。企業家が農家にアプローチしてきて、そのうちに自分達から土地を取り上げようと考えているのではないかと考えた。しかし、ヴァスーダ・プロジェクトではオーガニック・コットン生産への切り替えを地道に奨励し、1エーカー当たり125kg程度だったこの地域のコットン生産を、500~800kgに改善して短期的な成果を示した。こうした成果を目の当たりにした農家は次々にプロジェクトに参加し、当初500農家で始めたオーガニック生産は、今では25,000農家にまで拡大、作付面積も4,000エーカーから125,000エーカーに拡大し、ヴァスーダの事業地域はマディアプラデシュ州だけではなく、ラジャスタン州やオリッサ州にも拡大して行った。オーガニック生産に切り替えたことで、土地生産性の拡大だけではなく、学校に子供を通わせられるようになったとか、家の増改築ができたとか、これまで二輪の荷車で運んでいたものを四輪車に切り替えて運搬能力を増強できたとか、多くの成果が出てきた。

しかし、プラティーバ社にも課題はある。第1に、種子の問題だ。現在、ヴァスーダのオーガニック・コットンの80%では遺伝子組み換え(GM)種子が使われている。いわゆる「Btコットン」だ。確かにBtコットンは単収増にも繋がるしコットンの質も良い。しかし、こうした短期的なメリットに対して長期的にはどうなのかは未だ立証されていない。生態系にどのような影響を与えるのかも未知数である。このため、チョードリー社長は、社内に研究所を設立し、GM種子の長期的な影響について研究を行ないたいと述べている。

第2には、生産工程の中で女性のエンパワーメントも果たすということだ。コットン農家の顔ぶれを見ると、殆どが男性であり、コットン栽培において女性の役割はあまり多くはない。摘み取りの行なうのと、オーガニックの場合は栽培過程では様々な労働があり得るが、いずれにせよ男性中心の農業である。どうしても家庭の中では女性は後回しにされ、教育機会も十分与えられない。SHGのようにグループで何かをやるというところまではとても到達していない。このため、チョードリー社長は、2006年から「WE(Women Empowered)」という取組みを始めた。紡績や縫製の工程で男性と同じように女性の工員を農村部から採用し、同じ待遇を保証するというもので、500人採用で始めた取組みは、今では950人にまで拡大し、来年には2,000人にも到達しようというところだ。こうして農村女性に雇用機会を与え、所得獲得源として家庭内で見直されるようにしていきたいということだった。

僕らが訪問したのは夕方から夜だったため、昼間シフトの女性工員にはあまり会うことができなかったが、それでも数名女性工員を見かけた。これだけではなく、女性にとっては自分の住む村での所得機会も意味がある。このための研修もプラティーバ社では機会を提供しているそうだ。

第3には、インド農村における健康と衛生の問題である。このため、プラティーバ社は、オーガニック・コットン生産農家の村に公衆トイレや医療施設を設置したり、医師が常駐できない地域では定期的にヘルスキャンプを開催したりして、村民の健康改善にも取り組んでいる。

第4には、市民の一員としての企業の在り方である。プラティーバ社の工場では、染色工程での水の使用を通常の1/3に、排水も通常の1/4に抑えている。工場敷地内には雨水を貯める貯水池があり、この水で構内の生活用水・工業用水の90%を賄っている。また、縫製の工程では布地の切れ端が出て13%程度の歩留まりがあるのが普通だが、これを極力ゼロに抑え、工場内で資源が循環して地域に排出がされない仕組みを作ろうとしているのだという。

正直、これほど社会への貢献を意識している垂直統合企業の経営者と直接接したことがないので、チョードリー社長がここまでシステマチックに物事を考えておられるのには感動すら覚えた。なんでこんなに社会への貢献を意識できるのか、僕が同行していたミッションのメンバーの方が尋ねたところ、チョードリー社長はさらっと答えた。 「個人の満足のためです。」 社長によれば、人間は生まれながらにして何かしら社会の中での役割というものがある、それを教えてくれたのは創業者でもある自分の祖父の夫人、即ち彼のお母さんだという。自分は単に母の教えを今に至るまで忠実に守ってきただけなのだと…。

西ベンガル州出身の人で僕が知っているのは、早口で大声で人の話を全然聞かず、周囲の空気が全然読めていない唯我独尊タイプの人ばかりで、ベンガル人はそうなのだと勝手にステレオタイプのイメージを持っていたが、チョードリー社長の穏やかで人の話によく耳を傾けられる姿勢はとても新鮮だった。

社長表敬の後、工場見学もさせてもらった。正直なところ、これほど清潔感あふれる作業現場をインドでは見たことがなかったので驚いた。日本の工場だと言われても何ら遜色ない。何よりも、一心に働いているインド人作業員の姿にまた感銘を受けた。社長は社員食堂で工員と一緒に食事もとるという。そんなことができる経営者はインドでは珍しい。自分の組織の経営者をこれだけ身近に感じられる社員はとても幸せだろうなと思わずにはいられなかった。
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