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ヒマーチャルの真珠 [インド]

こんなことを書くと妻に笑われそうだが、僕は真珠は全て海で養殖されているものと思い込んでいた。だから、インドの内陸、ヒマラヤの山間地にあるヒマーチャル・プラデシュ(HP)州で真珠が養殖されているという雑誌の記事を見かけた時、えらく驚いてしまった。隔週刊のインドの環境啓蒙雑誌『Down To Earth』の11月1-15日号に掲載された「貝の命(Shell life)」(Ravleen Kaur記者)というタイトルの記事で、HP州の山奥の農家が自宅の裏山にある池で真珠を発見したとある。

HPAquaculture.jpg以下記事の抜粋要訳――――。

「イガイはヌラ(山峡の小川)にはいつもいます。その利用法をもっと早くから知っていたら、私は人生の最も充実した時期を真珠を育てながら過ごせたでしょう」――パンディット・ディナナートさんはこう言う。

全てはチェックダムから始まった。4年前、パンディットさんはHP州ウナ県の漁業局にいた。彼はそこで、チェックダム建設に利用できる政府の助成金がないかどうかを尋ねていた。自分の家の裏山にあるヌラをせき止めてチェックダムを作りたいと考えたからだ。そして数日後、漁業局の職員が現場を訪ねた。

調査を行なうや否や、職員の1人はヌラから1枚のイガイを拾い上げ、ポケットに入れたという。不思議に思ったパンディットさんは、この職員に質問してみた。「このイガイからは真珠を作ることができますよ」―そう言われたという。チェックダムの話ではなく、そのあとは真珠養殖について会話が交わされた。そしてパンディットさんは2つの養殖池を作ることにしたという。

パンディットさんはこれまで失ってきた機会の大きさを後悔した。イガイならヌラに行けばそこらじゅうにあった。72歳のパンディットさんはこれ以時間を浪費しないことを決心し、オリッサ州ブバネシュワルにある中央淡水養殖研究所(Central Institute of Fresh Water Aquaculture)が主催した真珠養殖に関する10日間研修コースに参加することにした。そこで、彼はイガイの養殖と真珠形成の誘発法について学んだ。

今やパンディットさんは県内の多くの農民を勇気付ける大きな刺激材料となっている。漁業局も何回かに分けて淡水真珠養殖について農民に研修を受講させている。既に7人の農家が淡水真珠養殖を始めた。

「私はこの4年間で淡水真珠を50個売りました。しかも1個5,000ルピーでです。」その帳簿での記録からみて、パンディットさんの真珠は、HP州の他に、パンジャブ州やデリー準州では有名になりつつある。「他の宝石の場合と一緒ですが、真珠がもしその人に合わなければ逆効果にもなり得ます。でも、もしその人のニーズや嗜好に合えば、その人の人生はよりよい方向にに変化していきます。」パンディットさんはこう強調する。「その宝石を私から買うのに1ヵ月分の給料を全てつぎ込む人もいます。それでも真珠がその人に合わなかった場合、私自身も不安になります。」(後略)

パンディットさんは養殖池を2つ作ったが、1つは今年の大雨で土手が崩れて池の水が流失してしまった。イガイも全て流され、かなりの損失も負った。

イガイは成長するのに時間もかかる。移動させられたイガイは新しい環境に適応するのに6ヵ月もかかる。そうして初めて真珠養殖は始められる。イガイを移動させるのは不可能な作業ではない。2枚の殻に覆われたイガイは動きが鈍く、池の畔の水位の浅い砂地で簡単に捕まえることができる。

「全てのイガイが真珠を育てるわけではありません。HP州内の河川に生息するイガイは3種類いますが、中でもラメレーデンセ・マルジネリス(Lamellaedense marginelis)」が真珠には最適です。」ウナ県漁業課のアショク・ヴァルマ課長補佐は述べる。2005年にパンディットさんの前でイガイを拾ってポケットに入れ、パンディットさんの好奇心を刺激するきっかけを作ったのがヴァルマさんである。

(中略)

核(nucleus)が注入された後のイガイの動きは限定させる。核を水中に放出しないようにするためである。イガイは網に入れられ、浮いて動くことしかできないようにする。ウナ県漁業課はこの核は中国から輸入している。核はオリッサ州カタックでも何種類かが生産されている。多くは殻を粉末状にしたもので、核は1個10ルピー少々である。

パンディットさんは、購入したイガイの殻は骨粗鬆症の薬として再利用しようと考えている。彼によれば、年間2,000個の真珠を生産できたという。しかし、真珠の市場開拓は未だ組織的には行なわれていないという。「真珠貝の検査を行ない輸出を可能とするための実験施設が必要です。」孵化場については、漁業課が頑張って1億8千万ルピーの予算を中央政府の農業省から確保し、ウナ県内に建設が予定されている。「オスの貝とメスの貝は分離し、制御された水温環境下で育てられないといけません。投入費用が安いため、多くの人が真珠養殖には興味を持っています。」

従って利幅は大きい。ヴァルマ課長補佐の試算では農民1人当たり1エーカーの養殖池で年間90万ルピーの純利益を計上可能だという。真珠の価格は品質によって左右されるが、通常、良質な真珠の生産費用は1個150ルピー程度である。

「利幅は大きくてもその生産過程は非常にデリケートで、わずかな環境の変化でもイガイが全滅する可能性もあります。」とパンディットさんは述べる。真珠養殖のリスクとしては、土砂崩れや州内の水力発電事業からの放水、魚の減少、渡り鳥等が挙げられる。

州内最大のイガイ生息地はウナ県から82km離れたポングのダム貯水池である。「貯水池の渡り鳥の生息数は増加しており、鵜(cormorant)やアオサギ(heron)は澄んだ池なら簡単に獲物の魚を見つけます。魚の数が減れば、渡り鳥はイガイも捕食するようになります。」そうヴァルマさんは言う。イガイが育つには魚が必要である。イガイは受精卵を水中に放出し、それを魚は食べて育つ。受精卵は魚の体内で栄養を蓄え、約2カ月後に魚が受精卵を再び水中に放出する頃には小さな殻が出来上がっている。その後はイガイは水深の浅いエリアの水底で静かに育つ。従って、魚を養殖することも解決策として考えられるという。

渡り鳥の季節が始まり、今年も真珠養殖の季節が始まった。10月はイガイに核を注入するのに最適な水温の季節である。夏の間は高い水温でイガイが死ぬリスクが高く、モンスーンの時期は悪性の物質を体外に放出するために折角の核まで放出してしまうリスクが高い。

現在、県漁業課では農民へのイガイの安定供給を保証しようと取り組んでいるところである。農民は研修受講と核注入作業で10月は繁忙期に入っている。パンディットさんも同様だ。76歳のパンディットさんは、チェックダムの建設助成金を待ちながら、真珠の市場開拓計画に頭を悩ませる毎日だ。
真珠生産の費用
◆核(nucleus) 1個14ルピー
◆イガイ(mussels) 1個10ルピー
◆魚のえさ 15,000ルピー(18ヵ月分15キンタル(1,500kg))
◆網 1梁6ルピー
◆労働者 1ヵ月6,000ルピー(18ヵ月間2名を傭上)

まだまだ農村の貧困が問題となっているインドで、こうしたサクセスストーリーに遭遇すると、心が温まるような気がする。真珠だったら今のインドの成長を牽引している都市の中産階級が最も大きな顧客となり得るため、市場拡大の可能性がかなり高い。最近ではBOP(Bottom of the Pyramid)といって、最底辺の貧困層の消費者を相手にしてビジネス展開することが結局はこうした貧困層の生活改善に繋がるとの考え方が注目されているが、貧困層を消費者と見立てているその考え方に多少の違和感を感じていた。むしろ、BOPを生産者と見立ててピラミッドの上位に位置する中高所得者層に安定的に買ってもらえるものをいかに作るかという考え方があってもいいように僕は思っている。真珠なんてかなりポテンシャルが高そうだ。フェアトレードなんかも同じような発想だとも思うが、フェアトレードの最大の課題はリピーターをどうマーケットに惹きつけるかである。真珠なら放っておいてもリピーターが集まるので安定的な需要が期待できそうだ。

しかもこうしたサクセスストーリーなんて、ほんのちょっとしたきっかけなのだ。この話に惹かれるのは、真珠養殖の可能性に気付いたのが70代のお年寄りだということと、しかもその発端が別の目的で政府の職員を自宅敷地に招いた時のふとしたやり取りからで、その職員の挙動にこのおじいさんが興味を抱かなかったらこんなストーリーにはなり得なかった。「瓢箪から駒」というやつだ。

ただ、サプライチェーンの構築にはまだまだ課題もありそうだ。こうしたボトルネックを解消するのに、ビジネスセクターは何か協力ができないものかと思う。
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Sanchai

トラックバックいただいているのでそちらをご覧いただきたいのですが、今回ご紹介した記事が『Pearl Music』という世界の真珠に関する記事を集めたブログにも取り上げていただいているのを知りました。

URLは下記の通りです。
http://pdc-pearl.com/blog/ 
by Sanchai (2009-11-16 03:31) 

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