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『イノセント・ゲリラの祝祭』 [海堂尊]

イノセント・ゲリラの祝祭

イノセント・ゲリラの祝祭

  • 作者: 海堂 尊
  • 出版社/メーカー: 宝島社
  • 発売日: 2008/11/07
  • メディア: 単行本
内容紹介
映画化、テレビドラマ化もされた第4回『このミス』大賞受賞作の『チーム・バチスタの栄光』は累計320万部突破、続編の『ナイチンゲールの沈黙』も140万部を突破し、驚異の新人と謳われる海堂尊。彼の原点でもある「田口・白鳥シリーズ」の最新刊がいよいよ登場です! 今回の舞台は厚生労働省。なんと、窓際医師の田口が、ロジカルモンスター白鳥の本丸・医療事故調査委員会に殴り込み!? グズグズな医療行政を田口・白鳥コンビは変えることができるのか……。1年半ぶりに戻ってきた彼らの活躍にご期待ください。

発刊からずっとほったらかしにしていた『イノセント・ゲリラ~』をようやく読んだ。職場の同僚から借りて読んだ。どこで手に入れたか海堂尊さんのサイン入りの1冊!ありがたく読ませていただいた。

ミステリー小説として読むと評価は難しい。これまで1年近くも読む機会がなかったのは、本書の書評を見ていると評価がかなり割れているという印象があったからだ。舞台が厚生労働省の『診療関連死死因究明等の在り方に関する検討会』(通称、医療事故調査委員会創設検討会)というお役所の会議の場だというのもあるし、結局著者がエーアイ(死後画像、もしくは画像解剖)さえあれば死因究明も可能で大相撲時津風部屋のリンチ死事件のような問題も解決に向かうという、『チーム・バチスタの栄光』以来脈々と続くその主張を、本書の準主役であるスカラムーシュ・彦根新吾をして語らせているに過ぎないということもある。ただ、考えてみて欲しい。こうした会議の場で、形勢不利な状況から救世主が登場してその完璧なまでのロジックと鋭い舌鋒で一気に逆転に導き、完膚なきまでの完全勝利の直前に撤退して現実的なところでの落とし所で話が落ち着くという展開―――そう、『ジェネラル・ルージュの凱旋』における速水晃一医師と非常に似た展開であったことを思い出す。従って、僕にとってはさほど違和感のある作品だとは思えなかった。

当然、いきおい厚生労働省の火喰い鳥・白鳥圭輔はかすむ。同じ省内の役人の論理の中で、身動きがなかなかとれない現実というのが多少は影響しているのかもしれないが、このロジカル・モンスター以上にロジカルに立ち回った彦根の前に、白鳥はラスボス的役回りをローキーで演じたに過ぎないという印象であった。勿論、この白鳥以上に際立つ役人的論理を振りかざした医療安全啓発室課長・八神直道の存在もあり、八神が平然と口にしていた「民益よりも国益、国益よりも省益」的な発想が、本当に実際の高級官僚の間で語られているのかどうかは知らないが、そうした中では白鳥も異端児なんだなというのはよくわかる。

さて、こうして海堂作品の主流である宝島社発刊のシリーズを読んでいくと、東城大学医学部というところが、異端児輩出の源となっているのではないかとも思えてくる。速水と田口、そして放射線科医として世界的にも有名となった島津は医学部同期だが、今回準主役として登場した彦根は、この3人の2年後輩で、学生時代に一緒に雀卓を囲んだ仲間であった。彦根の今回の暗躍、及び表舞台での大立ち回りの鮮やかさは、『ひかりの剣』で描かれていた彦根の姿の記憶との間でかなりのギャップがあった。(同じことは速水や『極北クレイマー』の世良にも言えたのだが。)
 四人目のメンツは彦根新吾。ニ学年下の後輩。合気道部でうろついていたのを『すずめ』に強制連行して以来、一緒に打つようになった。決してでしゃばりなヤツではないが、先輩相手でも平然とでかい手をあがる。底が見えない得体の知れなさがある。(『ひかりの剣』、p.118)

もう1つ気になったのはまたしても姫宮香織の描き方である。『イノセント・ゲリラの祝祭』と『極北クレイマー』はほぼ同時並行的にストーリーが展開するが、『極北クレイマー』における姫宮は、1月8日から10日までに3日間しか極北市民病院に籍を置かない。実際にこの「北」への潜入は、『イノセント・ゲリラ~』において白鳥が述べていることとは何ら矛盾はない。医療事故調査委員会創設検討会に姫宮を投入できない理由について、白鳥は彼女が北に行っているということ、年末は事前準備のために東京で資料収集に明け暮れており、極北入りが遅れていることは語っている。しかし、たった3日間で任務を終えて帰還した(筈である)姫宮を、白鳥はその後10月まで続く医療事故調の活動に投入することはなかった。その間に何か別のミッションをやらせていたのかどうかは、今までに読んだ海堂作品の中からは想像することができない。

「医療事故が頻発するのは、医療が壊れてしまったから。だからまず、医療自体を建て直す。医師数増員、医療費拡充、さらに死亡時医学検索に対する全額費用拠出、それも医療費外からの拠出。それらはすべて、市民が望む医療の達成に必要不可欠なことです。」

「医療事故が起こった時の対処より、医療事故を予防する環境整備が第一です。そのために、劣悪な医療環境を改善する。そうすれば医療事故は減り、結果的にこうした医療事故調査委員会の負担も軽減される。」

「僕は言いたい。医療費は、傷ついた人を治療するという本来の主旨に復古せよ、と。」
(いずれもp.346)
委員会の場で彦根が語ったものであるが、ここ半年ぐらいこの種の医療制度改革の本を論説、小説合わせていろいろ読んできてみると、ここで彦根が言ったあたりがやはり今後の方向性なのかなという気はしている。著者の主張を概括しているという意味で、本書はかなり有用ではないかと思う。小説という衣は纏っていても、本書の本質は著者の論説である。
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雅子

先日は私のブログにお越しいただきありがとうございました。
お礼が遅くなってしまい申し訳ありません。
・・実は何度かお邪魔していたのですが、
な、なんか、Sanchaiさん、すごくちゃんと書いてるわ・・
ど、どうしよう・・と、我駄文を省みるにコメントするのも躊躇われ・・。

白鳥の台詞に「はいはい」と、にんまりしつつ読んでいたので、
それほど強くは感じなかったのですが、
確かにこの本では彦根のインパクトが大でした。
Sanchaiさんが仰っていた「白鳥がふつうの人に」というのは
そういうことだったのですね。
『ひかりの剣』と『極北クレイマー』は未読なのですが、
読むのが楽しみになりました。

ちなみにわたくし、速水ファンでございます♪
by 雅子 (2009-08-12 00:34) 

Sanchai

☆hiroさん☆
こんにちは。いつもniceを下さりありがとうございます。

☆雅子さん☆
こんにちは。niceに加えてコメントを下さりありがとうございます。速水ファンには『ひかりの剣』はお薦めです。但し大学剣道を巡る東城大・速水と帝華大・清川のライバル関係のお話ですけどね。
by Sanchai (2009-08-12 00:47) 

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