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『格差なき医療』 [読書日記]

格差なき医療――日本中で世界最高水準の治療が受けられるようになる日

格差なき医療――日本中で世界最高水準の治療が受けられるようになる日

  • 作者: 吉田 晃敏
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2007/04/26
  • メディア: 単行本

このところ少し「遠隔医療」というのにも関心がある。インドにいると、無医村なんてざらにあるし、薄給でも僻地に赴任して下さる奇特な医師が仮に農村にいたとしても、看護師や検査技師といった他の医療従事者が農村でリクルートできないといった問題もある。例えば、アーナンダ病院があるウッタルプラデシュ州クシナガルのようなところで、どのようにしたら医療サービスが充実させられるかというのは大きな課題だ。

医師がその場にいなくとも、何らかのIT技術を駆使すれば、一次診療だったらなんとかなるのではないか―――そんな問題意識を持ちながら、日本の最先端の遠隔医療はどうなのかを少し調べてみようと思った。

本書の著者、吉田晃敏氏は旭川医科大学教授・遠隔医療センター長という肩書(執筆当時)。著者紹介によれば、「糖尿病網膜症等の眼科手術、遠隔医療、医療技術ネットワーク等の研究に従事する。「世界から無医村をなくしたい、病気になっても安心な国・日本」を目指して、遠隔医療の推進に励む」とある。確かに、本書を読んでいると、利尻島と旭川、稚内、札幌を繋いだ眼科診療、電子カルテの推進、公開手術、旭川とボストン(ハーバード大学)を結んだ世界初の国際遠隔医療、シンガポールと旭川を結んだ眼科手術のライブ中継など、先端のIT技術を導入して非常に先進的な取組みをずっとされてきた方だというのがわかる。ちょっと話が脱線する箇所も目立つが、吉田博士が取り組まれてきたことには確かに魅力も感じる。これを読んだら旭川って結構いいところだなとも思ったりもする。

ただ、残念ながら僕の問題意識にストレートに響く何かがあったというわけではなかった。

これは著者が眼科の専門医だからというところにある。旭川医科大学の遠隔医療センターの診療科別利用実績(1999年7月~2007年3月)を見ると、放射線科が2,526件、眼科が1,456件と断トツであり、続く病理は310件、内科39件、耳鼻咽喉科33件となっている(p.159)。放射線科が多いのは、いろいろな病院が競って導入したCTやMRIの画像を以て読影ができる専門医がそれらの病院にいないため、画像を旭川に電送して専門医の診断を仰ぐという行為が結構行なわれているからである。つまり、そもそも放射線科というのは遠隔医療との親和性が高いと考えられる。

第2位の眼科については、著者が眼科の専門医だから当たり前といえば当たり前のことである。元々眼科には定評ある医科大学らしいので、卒業生・留学生のネットワークもそれなりにある。それがベースとなっているのだろう。これも、一次診療の現場にいちいち赴けない専門医が空間のギャップを超えて患者さんと接することで、専門医は症例の蓄積が図れるし、現場サイドからは専門医のアドバイスが受けられるというメリットがある。

ここまではよいのだが、何となくこのモデルは、専門医がいるセンターの側ではなく、センターへのアクセスを行なう現場サイドの方に、一次診療を行なえる「町医者」がいるとか、専門医の指示に従って手術を行なえる技能は最低持った医師がいるとか、CTやMRIの操作ができる技師がいるといったことが前提となっているように思える。そして、こうした医局を中心として広範な人的ネットワークが既にあったからできたのだという気もするのである。だったらそもそも現場サイドに医療従事者がいないという状況下で、どこまでこのモデルが生かせるのかは疑問だ。

もう1つ、このモデルの前提は少なくともADSLやフレッツ光が利用可能だということなのだが、未だダイヤルアップ接続のウッタルプラデシュ州クシナガルで、本書で描かれたようなハイレベルな遠隔医療はそもそも難しいような気がするのである。

現在インドで取り組まれているこの種の遠隔医療としては、私立のアポロ病院が全国のアポロ病院との間でこうした情報のやり取りは行なわれていると聞いたことがあるが、これは既にそうしたアポロのネットワークがあるからできることではないかと思う。もう1つはウッタルプラデシュ州ラクノウにあるサンジャイ・ガンジー医学研究所であるが、ここも専門医が詰めていて一次医療の現場と繋いだ情報交換が中心のような気がする。州都ラクノウであればブロードバンド化もそれなりに進んでいるだろうから、結局インドでもITを駆使した遠隔医療の取組みは、①通信インフラが整っていて、②現場にちゃんと医療従事者がいて、③医療従事者とセンターの専門医の間に何らかの人的交流が既にあることが前提となっているようだ。

そうすると、通信インフラもなく、医療従事者もおらず、従って何ら人的ネットワークの視野に入っていない場所で遠隔医療を導入するのは結構しんどいという結論しか出てこない。今の日本だったら通信インフラはあるし、病院勤務医は過酷な労務環境の中でどんどん辞めて開業医に転身しているから現場での医療従事者はそれなりにいる。インドの農村部は残念ながらそこまでは行ってない。

本書を読んでいる途中でそのあたりが見えてきてしまうと、技術論でバラ色の未来を語られている著者の書きぶりにかなりの反発も覚えるようになってしまった。また、片や過酷な労働を課せられて医療事故と背中合わせの日々を送られている外科医、産科医、小児科医の方々の状況との比較で、なんとゆとりがあってクリエイティブな仕事をされている方なのだろうかという戸惑いもあった。実際の患者と接して、患部に手を触れることで得られる情報というのもあると思う。手術のノウハウも、そういう場数をどれだけ踏めるかによって医師としての経験値を上げ、スキルアップも図られるのではないだろうか。今のタコツボ化した医療における専門医間の交流を促進し、現場の医師に助言を送れるという意味で、遠隔医療は確かに補完的位置付けとしては必要不可欠だろうとは思うが…。

ただ、なんとなくヒントらしいものも若干あった―――。

第1に、旭川を中心として、北海道北部の高齢化が進んだ農村部で、医師も近くにいない状況で遠隔医療に何ができるのかという点については、少しは参考になった。ただ、タッチパネルで双方向のコミュニケーションを行なう上で前提となっているのは、やはり通信インフラであり、地域の高齢者の方々のITリテラシーではないかというのは気になったが。

第2に、携帯電話の可能性である。著者はあまりこれについては触れていないが、ブロードバンド&簡単操作のタッチパネルというのが北海道北部で有効だというのなら、クシナガルあたりでケータイ&ボタン操作というのだったら何かしらできそうという気がした。勿論、クシナガルのケータイ普及率は未だそれほどでもないだろうし、アーナンダ病院の主たる顧客層である貧困住民に電話機を普及させる何らかの仕掛けが必要だとは思うが…。
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