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『風花病棟』 [帚木蓬生]

風花病棟

風花病棟

  • 作者: 帚木 蓬生
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2009/01
  • メディア: 単行本
内容(「BOOK」データベースより)
乳ガンにかかり“病と生きる不安”を知った、泣き虫女医の覚悟。顔を失った妻を愛する男の、限りない献身。30年間守り続けた診療所を引退せんとする、町医者の寂寞。現役医師にしか書き得ない悩める人間を照らす、たおやかな希望の光。あなたの魂を揺さぶる、人生の物語。帚木蓬生、10年間の集大成。感動と衝撃の傑作小説集。

前回、「床屋さんは地域のアンテナ」というテーマで記事を書いたが、別の意味で「地域のアンテナ」と言えるのは町医者じゃないかと思う。コンビニ感覚で安易に病院の外来に行ってしまうのは慎むべきだろうが、町の診療医とはむしろ積極的にコミュニケーションを取っておいた方がいいような気がする。面倒くさがりの僕のレベルでは同じ診療医に年に何回も通うことはないが、今回の一時帰国の間に久々にかかったクリニックや歯医者で、5年以上前にかかった際のカルテがちゃんと存在していたのには少なからず感動を覚えたものだ。

なぜこのような話題から始めたかというと、本日紹介する本を読んでいて、医者というのはいつまでもどこの何某の症例をしっかり覚えておられるということや、患者から高い評価を受ける(即ち感謝される)医師というのは、患者の病気を見ているのではなく、患者を1人の人間として捉えてコミュニケーションを取ろうとしているのだということを改めて感じたからである。本書の帯には「壊れそうな医者の心を、患者が救うこともある…」とある。今そこにいる患者とのコミュニケーションだけではない。過去に行なった患者への対応が今になって思わぬところで感謝されたり、それが自分ではなく医師だった自分の父が行なった対応が自分に跳ね返ってきたり…。そうした思わぬ出来事が今目の前にある日常にわずかながらの波紋を投げかける、そんなエピソードが10編の短編小説として描かれているのが本書だ。

久し振りに帚木蓬生作品を読んだ。サンチャイ・ブログを始めて間もない2005年の秋頃に『アフリカの蹄』『アフリカの瞳』を続けて読んで以来である。現役医師による小説という点では海堂尊と似ているが、海堂ワールドに登場する白鳥や田口といった毒のあるキャラはあまり登場しないし、現代医療の諸相について問題提起をするところがあったとしても、海堂作品ほどストレートではなく、さらりと触れられているに過ぎない。

誰かが書評で書いておられたが、この『風花病棟』を読んでいて、美しい文章だなと僕も感じた。刺々しい、或いは騒々しいと言ってもよい海堂作品とは異なり、本書の収録作品にはどれも花が登場する。桜だったり藤だったり百日紅(さるすべり)だったりカーネーションだったり、花のある風景をうまく挿入してストーリーが組み立てられている。どの作品も「死」を取り上げている。重松清はそれを涙を誘うストーリーに仕立てるのが上手いが、帚木作品はそうではない。さすがに医師だけあって死を非常に冷静に捉えている。患者や家族、或いは看護師等の前で涙を見せぬのが医師だと小説の中でも書かれているだけあり、たとえ涙を流しているかもしれないシーンであってもストレートにそれを文章として表現しているところは少ないように思う。

この本も近所のコミセン図書室で借りて読んだが、文庫化されたら絶対に買って我が家の蔵書に加えたいと思う。本書も世代を超えて受け継がれるストーリーが描かれている作品が幾つか含まれているが、僕もこの作品であればいずれ我が家の子供達にも読んで欲しいと思う。『アフリカ』シリーズとともに…。

誤解なきよう申し上げておきたいが、本書収録の短編10編は全てが町医者を描いているものではない。病院勤務医が主人公の作品もある。ただ、本書を読みながら、今のように専門が細分化した医療が本当に良かったのかどうかは疑問でもあった。昔は、自分が産科経験がないからといって出産分娩の場に立ち会ったら新米医師でも現場から逃げるわけにはいかなかった。ましてや太平洋戦争の軍医は、医薬品の供給も十分なく、栄養ある食糧補給も十分なされないような劣悪な環境下で負傷した兵士の治療をせねばならなかっただろう。そういう「待ったなし」の状況に関する記述が本書では至るところに見られる。そうして場数を踏むことが医師としての懐の深さにも繋がっているようにも思えた。

そうして場数を踏んだ臨床医の現役引退を描いている作品もある。そうやって医師も世代交代していくものなのだが、読みながらこれからの日本の医療はどうなっていくのだろうかと少し怖くもなった。
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