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『ジーン・ワルツ』 [海堂尊]

ジーン・ワルツ

ジーン・ワルツ

  • 作者: 海堂 尊
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2008/03
  • メディア: 単行本
内容(「BOOK」データベースより)
桜宮市・東城大学医学部を卒業、東京・帝華大学に入局した32歳の美貌の産婦人科医、曾根崎理恵―人呼んで冷徹な魔女(クール・ウィッチ)。顕微鏡下人工授精のエキスパートである彼女のもとに、事情を抱えた五人の妊婦がおとずれる。一方、先輩の清川医師は理恵が代理母出産に手を染めたとの噂を聞きつけ、真相を追うが…。

続けざまに海堂尊作品を読んだ。舞台は東城大学ではなく帝華大学。またもや言及させてもらうが『ひかりの剣』で登場する帝華大剣道部主将・清川吾郎が20年後に産婦人科医となって関わる話だ。『ジーン・ワルツ』と『ひかりの剣』は発表時期が3ヶ月ほどしか違わない。おそらく、『ジーン・ワルツ』執筆中に既に『ひかりの剣』の執筆構想は存在したのだろう。だから清川准教授が昔剣道をやっていた話というのが2箇所ほど登場する。

但し、『チーム・バチスタ~』のような医療ミステリーとは趣を異にする。地方を手始めに起こっている医療崩壊、取り分け産婦人科の閉鎖が連鎖的に起こっている現状を、厚生労働省の政策失敗や霞ヶ関の省庁間対立に起因するものとしてかなり厳しく批判しているのが印象的だ。劇中、極北市唯一の産婦人科医が医療事故で逮捕されるという、メインストーリーと密接に関連している事件は、実際に起きた福島県立大野病院産科医逮捕事件をそのままなぞらえている。ウィキペディア等でこの事件の詳細はご確認下さい。本書のストーリーにおける作者の問題意識がどこにあったのかはかなりよくわかることだろう。

従って、本書については、地域医療、特に産婦人科医療を取り巻く様々な問題について、そのまま本文から引用することで紹介してみたいと思う。
  医療崩壊のきっかけは、新医師臨床研修制度の導入だった。良質な臨床研修医を育成するという大義名分の下には、医局の力を削ぐという生臭い目的が隠されていた。官僚が目論む思惑は、素晴らしい成果を上げた。『白い巨塔』と揶揄されていた大学病院は、たった2年で瓦解した。正確に言えば『白い巨塔』こそが虚構だった。確かに教授選に血道を上げ、権謀術数に明け暮れる医者はいる。ただし大学病院に在籍している大多数の医師は、そうした権謀術数の世界とは無縁だった。だが官僚は虚構の大学病院に改革の照準を合わせた。膨れ上がった虚構の世界しか知らない官僚の目には、大学病院の医局制度は自分たち官僚機構と同質の組織と映り、そのまがまがしさに辟易とさせられてしまったのだろう。反射的に彼らが取った手段が、米国制度の中途半端な移植という最悪の選択肢だった。
  こうして、ほとんどの大学病院は実質上、機能不全に陥ってしまった。(中略)
  人材補給を絶たれた大学病院医局は、システム維持のために、地域医療を支えていた中堅医師を大学に呼び戻す。こうして地方医療の現場は人材を失う。
  地域医療を支えてきたひとりの中堅医師を大学に呼び戻す影響は、ドミノ倒しのように、十倍になって現場に跳ね返る。(中略)こうして手術室の閉鎖、入院病棟の縮小が検討される。
  ここまではまだ、1つの病院内の話だ。1つの病院でこうしたことが起こると、その負担が近隣病院にまき散らされる。ひとつの病院の内部で起こったドミノ倒しが、地域単位で起こる。そして次々と病院が閉鎖する。
(pp.98-99)

 子どもを産まない女は不良品という暴論がまかり通る社会。少子化に対抗するため、厚生労働省の役人は紙上のデータから折れ線グラフの行き先を予想して一喜一憂する。(中略)官僚たちが出生率ばかり気にするのは、彼等にとって子どもの数に課税率を掛ければ、自分たちの力の源泉であると同時に食い扶持である未来の予算額に変換されるからだ。
  一見自由な社会では、産まない、という選択肢を選ぶ女性も増加している。その陰で「産みたくても産めない」という女性はひっそりと息を潜める。産めよ殖やせよと号令をかけるくらいなら、「産みたい女性」に経済支援をすれば、統計数字のいじりまわしより意義があるはず。しかし官僚や政治家は物言わぬ階層から徹底的に搾取し続けるために、一手法として、空虚で無意味な調査費用捻出を決定する。一体、何のために?官僚制を基盤とした現社会体制維持のため。そうして、未来の子どもたちの財産を前借して食い潰していく。(中略)
  ――子どもと医療を軽視する社会に未来なんてない。
 (p.140)

「ご存知の通り、今、産婦人科医療は崩壊寸前まで追い込まれています。それは産婦人科が抱える特異な問題のせいです。赤ちゃんが産まれるのは当然と考える患者さん、そういかなかった時に医療を訴えるように焚き付ける、遺族や弁護士の方たち、そうした体制を誘導しておきながら、個々の問題をあたかも部外者のような顔で糾弾する担当省庁の役人たち。(後略)」
 (p.230)

長いのでこれくらいにしておきたい。個人的には主人公の曽根崎理恵のような考えることやることが完璧な女性には感情移入ができないのだが、目指しているところは理解できた。町の産婦人科医院の院長となり、マスコミを巻き込んで医院の日常を毎日テレビで報道させ、日本の医療の崩壊過程の再現撮影を行なうことで、その問題点を白日の下にさらけ出すということだったのだろう。

最後に、もう1つだけ引用。
「役人が看護師の内診を規則違反だといって問題提起したことがあったでしょう。あれで看護師さんたちの、助産師に対する協力的態度が一変したんです。日頃の業務負担が増えすぎてお産に集中できなくなっています。こんか環境でこれ以上お産に関わっていると、我が身が危険です。」
「お医者さまは、悪い病気を治すのが仕事。正常分娩までやる必要はないでしょう。助産師で十分。お医者さまは異常分娩に対応してくだされば、それでいいんです。」
「(社会の)要求ばかり高度になって、感謝が抜け落ちているから、現場を支える人たちがどんどん潰れていくんです。」
(以上、pp.31-32)
余談だが、「助産師は産婦人科医立会いなしに単独で出産分娩を行ってはならない」とか「看護師はケアワーカー業務に従事してはならない」とか、「看護師は医師でないのに内診はやってはいけない」とか、日本には医療・介護・福祉の一体的取組みが必要な現場の実態にそぐわない制度の縦割りが地域保健や地域福祉の分野には少なからず存在する。この引用部分を読んでそのことを改めて感じたのだが、実はこれと同じような現場の実態にそぐわない制度の融通のなさが自分の会社の中にも存在することがわかり、せっかくの一時帰国中なのに急遽対応を迫られた。これじゃ何の静養にもなってないよ(苦笑)。
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