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『ブラック・ペアン1988』 [海堂尊]

ブラックペアン1988

ブラックペアン1988

  • 作者: 海堂 尊
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2007/09/21
  • メディア: 単行本
内容(「BOOK」データベースより)
外科研修医世良が飛び込んだのは君臨する“神の手”教授に新兵器導入の講師、技術偏重の医局員ら、策謀渦巻く大学病院…大出血の手術現場で世良が見た医師たちの凄絶で高貴な覚悟。

以前にもご紹介したことがあると思うが、僕は海堂尊ワールドには『ひかりの剣』という学生剣道小説から入っている。『チーム・バチスタ~』の番外編のようなお話で、1980年代後半の大学医学部剣道界における2人の突出した剣士の話であった。ただ、『ひかりの剣』を読んでいて幾つかの疑問が残った。

例えば、東城大学医学部の学生だった速水・島津・田口の同期3人が4年生になって参加した「ベッドサイド・ラーニング」で、彼らに外科手術の厳しい現実を見せ付けた渡海医師は、その直後に不祥事で東城大学付属病院を追われているが、その不祥事が何だったのかは『ひかりの剣』では描かれていない。

第2に、帝華大学から請われて東城大学病院「佐伯外科教室」に異動した高階講師、当初は飄々として東城大剣道部の稽古も防具装着で直接稽古をつけることはなかったのが、6年生剣士前園の引退稽古の日に突如として道場に姿を現し、既に後輩との続けざまの地稽古でフラフラの前園をたたきのめした後、「なぜ最後まで闘おうとしないんだ。ひとりで勝手に退場するな」「畜生、どいつもこいつも…」と呟くシーンがあったが、何があって高階が荒れたのかは『ひかりの剣』では全く描かれていなかった。

『ブラックペアン1988』は『ひかりの剣』と同時進行のストーリーであり、上で述べた疑問に対してちゃんとした答えを提供してくれている。いわば、『ナイチンゲールの孤独』と『ジェネラルルージュの凱旋』のセットと似た関係にある。

また、これまで読んできた東城大学付属病院を舞台とした作品群を読む中でも、そもそも外様だった高階医師がどのようにして東城大学付属病院の病院長に登り詰めることができたのか、なぜ高階病院長には厚生省に人脈があるのかといった疑問はあった。海堂作品は読み進めればそうした疑問に対する答えがどこかで見つかるという点で非常にユニークで、リピーター読者を呼び込むテクニックに長けた作家だなといつも思う。

これまでの作品で登場している人物――藤原看護婦、猫田師長、花房師長、高階病院長の若かりし頃が描かれている面白い作品だなとも思った。黒崎教授は助教授として、チーム・バチスタの一員だった垣谷医師も『ブラックペアン1988』では主人公である医師1年生の世良雅志の先輩として描かれている。『ジェネラル・ルージュの凱旋』では東城大学付属病院緊急救命外科のトップを辞任した速水を慕って一緒に北に向かうという結末を迎えた花房師長は、新人看護師だった1988年頃は同じく新人外科医だった世良が好きだったというのでちょっと意外だった。

Pean.jpgそう考えると、本作品で登場した世良雅志は、20年経って今はどうしているのか、ちょっと知りたいと思ってしまう。

ちなみに、ペアンでこういうものらしい。手術の立会いなどやったことがないし、そこまで生々しい映像はテレビでも映画でも見たことがないので、「ペアン」って何だというのは大きな疑問だった。

最後に1つだけ。1988年当時の外科医人材育成は、10年やっても一人前になれないという状況だったというのが改めてよくわかった。それが既存の外科医に過大な負担をかける体制になり、しかも状況がどんどん悪化していっているというのが現状なのだと思う。高階医師が主張していた「誰でも簡単に扱える外科手術技術の導入」というのはその点では説得的ではあるが、佐伯教授の指摘に対してその時点では反論できるロジックを持ち合わせていなかったし、20年後を描いた作品を読んでも、高階病院長がそうした外科医人材育成制度の構築に成功したかどうかはよくわからない。
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