人口ボーナスと若きインドの未来 [インド]
C.P.Chandrasekhar, Jayati Ghosh, Anamitra Roychowdhury
"The 'Demographic Dividend' and Young India's Economic Future"
Economic and Political Weekly, December 9, 2006, pp.5055-5064
いきなり余談ですが、この記事を書いている最中に通算閲覧件数が70万PVを突破しました。
いつもお引き立て下さりありがとうございます。
本日取り上げるのはインドの週刊学術誌EPWに収録された2006年の論文である。要約の部分だけを見ているとあまり目新しい記述はなさそうだが、論文を自分で執筆するに当たって参考文献としては当然取り上げるつもりなので、その内容について記録は残しておこうと思う。
1)15歳から24歳までの年齢層は1995年の1億7500万人から2000年には1億9000万人、2005年には2億1000万人に増加。1995-2000年の期間は年平均310万人、2000-2005年の期間は年平均500万人のペースで増加した。2020年のインドの平均年齢は29歳で、これは中国や米国の37歳、西欧の45歳、日本の48歳と比べても圧倒的に低い。
2)東アジアのマクロ経済パフォーマンスは人口転換と密接に関連して改善した。その奇跡的高成長の1/3は人口ボーナスで説明可能。これに対して、1950年代や1980年代のラテンアメリカは、東アジアと同じような人口動態にあったにも関わらず、人口ボーナスの取込みに失敗した。
3)人口ボーナスの恩恵を享受できるかどうかは、政策がそれを裏打ちしたものであるかどうかにかかっている。そしてその政策とは、経済の開放度とか政府機関の質といった指標で代表される。どのような政策が必要かを理解するには、従属人口指数をただ単に年齢別人口構成(ratio of the non-working age to working age population)で見るのではなく、実際に働いている人と働いていない人の比率(ratio of actual non-workers to workers)で見ることが必要である。
4)インドは全体としては1970年代半ばに人口ボーナスが発生している。しかしh、人口ボーナスで創出される巨大な労働力を吸収するだけの雇用機会が作れていない。労働統計によれば、1993年から2000年の期間の雇用創出は劇的に減少しており、特に農村部での雇用増加率はインド独立以後最低の水準となった。特に15歳から29歳の若年層の労働参加率はむしろ低下している。雇用機会は増えることは増えているが、失業率も同様に上昇しており、2000年現在で過去最高の水準に達している。
5)雇用形態別の労働構成も大きく変化している。正規採用と期限付労働からなる賃金労働雇用は大きく減少している。正規採用だけではなく、期限付労働者の雇用機会が総雇用に占める割合も低下している。従って、就労年齢人口がいかなる形態であっても賃金労働雇用機会を得ることはどんどん難しくなってきている。
6)若年層の労働参加率は、特に農村部男性について大幅に低下している。若年層の失業率は就労年齢人口全体の失業率と比べても高い。即ち、若年層が就職機会を得られないことでインドは人口ボーナスを享受できないという懸念、加えて失業中の若年層が増加することで社会にネガティブなインパクトを与える可能性も懸念される。
7)だからといって単に課題を労働需要の拡充だけに帰すのではなく、労働力の性格と雇用可能性についても問題として捉えることが必要である。インドの識字率は2004-05年においても依然として低く、都市部の15歳以上人口のわずか1.5%程度しか雇用に必要な技術的資格要件を満たしていない。どうみてもインドは世銀が言うような「ナレッジエコノミー」とは言えない。
8)IT産業はインドの経済成長を牽引してきた産業であるが、ハード、ソフト、そしてIT関連サービスも含め、僅か100万人程度の雇用しか創出していない。インドの総労働力人口は4億1500万人、都市部労働力だけで1億1000万人いるにも関わらず、IT産業の雇用数は極めて小さい。
9)年齢別人口構成が就労年齢人口の増加に繋がったとしても、就労年齢人口の健康状況の改善が伴わない場合は労働生産性向上に繋がる保証は無い。長寿化が進んだとしてもそれが就労年齢人口の貯蓄増を伴うという保証もない。長寿化に伴い疾病治療に必要な出費も増加する可能性があるからである。実際、2015年までに、感染症、母子健康、その他の疾病による健康状況悪化症例が大きく増加すると予想されている。出産適齢年齢の女性の人口比率は2016人には女性総人口の55%にも達し、その後10年間はこの水準で高止まる。この期間中は妊産婦死亡だけではなく乳幼児死亡の件数抑制が大きな課題となる。そのためには安全な出産分娩のための医療インフラへの整備や施設利用の啓蒙普及への取組みの拡充が必要となる。
10)中国の成功は経済改革期において雇用増加率をある程度高い水準で維持したその能力によるところが大きい。他方でインドの場合は雇用機会を十分提供できていない。
これだけ項目を並べて最後の結論であるが、ちょっと息切れしてきたのでそのまま英語で引用する。ご容赦下さい。人口ボーナスの前提条件として、若年層人口が労働市場に参加してくる以前にどれだけ能力を高めることができるかを、特に教育と保健について考察しているところに本論文の価値はあると思う。
"The 'Demographic Dividend' and Young India's Economic Future"
Economic and Political Weekly, December 9, 2006, pp.5055-5064
【要約】出生率の低下はインドの人口の年齢別構成を変え、就労年齢層の増加をもたらした。このいわゆる「人口ボーナス」は従属人口指数を改善し、就労年齢人口比率の上昇が経済成長を加速させるとの仮説に繋がっている。しかし、最近の雇用統計によると、インドの若年層人口を労働力として取り込む度合いは期待されたほど高くはない。これはおそらく労働力の雇用可能性(employability)に乏しいからであると考えられ、教育水準や健康状況での赤字(deficit)に深刻な影響を受けている。インドに十分な人口ボーナスを与える成長機会を確実に利用するためには、こうした課題への取組みが必要である。
いきなり余談ですが、この記事を書いている最中に通算閲覧件数が70万PVを突破しました。
いつもお引き立て下さりありがとうございます。
本日取り上げるのはインドの週刊学術誌EPWに収録された2006年の論文である。要約の部分だけを見ているとあまり目新しい記述はなさそうだが、論文を自分で執筆するに当たって参考文献としては当然取り上げるつもりなので、その内容について記録は残しておこうと思う。
1)15歳から24歳までの年齢層は1995年の1億7500万人から2000年には1億9000万人、2005年には2億1000万人に増加。1995-2000年の期間は年平均310万人、2000-2005年の期間は年平均500万人のペースで増加した。2020年のインドの平均年齢は29歳で、これは中国や米国の37歳、西欧の45歳、日本の48歳と比べても圧倒的に低い。
2)東アジアのマクロ経済パフォーマンスは人口転換と密接に関連して改善した。その奇跡的高成長の1/3は人口ボーナスで説明可能。これに対して、1950年代や1980年代のラテンアメリカは、東アジアと同じような人口動態にあったにも関わらず、人口ボーナスの取込みに失敗した。
3)人口ボーナスの恩恵を享受できるかどうかは、政策がそれを裏打ちしたものであるかどうかにかかっている。そしてその政策とは、経済の開放度とか政府機関の質といった指標で代表される。どのような政策が必要かを理解するには、従属人口指数をただ単に年齢別人口構成(ratio of the non-working age to working age population)で見るのではなく、実際に働いている人と働いていない人の比率(ratio of actual non-workers to workers)で見ることが必要である。
4)インドは全体としては1970年代半ばに人口ボーナスが発生している。しかしh、人口ボーナスで創出される巨大な労働力を吸収するだけの雇用機会が作れていない。労働統計によれば、1993年から2000年の期間の雇用創出は劇的に減少しており、特に農村部での雇用増加率はインド独立以後最低の水準となった。特に15歳から29歳の若年層の労働参加率はむしろ低下している。雇用機会は増えることは増えているが、失業率も同様に上昇しており、2000年現在で過去最高の水準に達している。
5)雇用形態別の労働構成も大きく変化している。正規採用と期限付労働からなる賃金労働雇用は大きく減少している。正規採用だけではなく、期限付労働者の雇用機会が総雇用に占める割合も低下している。従って、就労年齢人口がいかなる形態であっても賃金労働雇用機会を得ることはどんどん難しくなってきている。
6)若年層の労働参加率は、特に農村部男性について大幅に低下している。若年層の失業率は就労年齢人口全体の失業率と比べても高い。即ち、若年層が就職機会を得られないことでインドは人口ボーナスを享受できないという懸念、加えて失業中の若年層が増加することで社会にネガティブなインパクトを与える可能性も懸念される。
7)だからといって単に課題を労働需要の拡充だけに帰すのではなく、労働力の性格と雇用可能性についても問題として捉えることが必要である。インドの識字率は2004-05年においても依然として低く、都市部の15歳以上人口のわずか1.5%程度しか雇用に必要な技術的資格要件を満たしていない。どうみてもインドは世銀が言うような「ナレッジエコノミー」とは言えない。
8)IT産業はインドの経済成長を牽引してきた産業であるが、ハード、ソフト、そしてIT関連サービスも含め、僅か100万人程度の雇用しか創出していない。インドの総労働力人口は4億1500万人、都市部労働力だけで1億1000万人いるにも関わらず、IT産業の雇用数は極めて小さい。
9)年齢別人口構成が就労年齢人口の増加に繋がったとしても、就労年齢人口の健康状況の改善が伴わない場合は労働生産性向上に繋がる保証は無い。長寿化が進んだとしてもそれが就労年齢人口の貯蓄増を伴うという保証もない。長寿化に伴い疾病治療に必要な出費も増加する可能性があるからである。実際、2015年までに、感染症、母子健康、その他の疾病による健康状況悪化症例が大きく増加すると予想されている。出産適齢年齢の女性の人口比率は2016人には女性総人口の55%にも達し、その後10年間はこの水準で高止まる。この期間中は妊産婦死亡だけではなく乳幼児死亡の件数抑制が大きな課題となる。そのためには安全な出産分娩のための医療インフラへの整備や施設利用の啓蒙普及への取組みの拡充が必要となる。
10)中国の成功は経済改革期において雇用増加率をある程度高い水準で維持したその能力によるところが大きい。他方でインドの場合は雇用機会を十分提供できていない。
これだけ項目を並べて最後の結論であるが、ちょっと息切れしてきたのでそのまま英語で引用する。ご容赦下さい。人口ボーナスの前提条件として、若年層人口が労働市場に参加してくる以前にどれだけ能力を高めることができるかを、特に教育と保健について考察しているところに本論文の価値はあると思う。
In sum, the evidence suggests that India faces a major deficit in the areas of education and health which could adversely affect the conversion of a growing labour force into an effective workforce offering quality, low-cost labour. Further, the changing age structure of the population is likely to change the pattern of the disease burden substantially. The existing situation in areas that affect the population in the "bulge" age-group suggests that the disease burden is likely to rise, leading to a deficit in health capital. There are also reasons to believe that neoliberal economic reforms in India since the 1990s are weakening the ability of the state to intervene successfully and undertake the necessary investments in these and other areas, that would give India the wherewithal to benefit from the new opportunities that the global economy supposedly affords.
(中略)Focusing on the automatic "gains" to be delivered by the demographic dividend may result in an underemphasis of the effort needed to meet the new challenges that the current phase of the demographic transition brings. In particular, emphasis on liberal and open-door policies and excessive fiscal prudence may militate against the adoption of appropriate policies.
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