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人間ATM [インド]

先月末、日本の某大学の先生が、ミクシィのコミュで「Sanchaiさんは既にご存知かもしれないけど、朝日新聞にこんな記事がでてましたよ」と教えて下さった。4月25日朝刊の記事で、タイトルは「農村に「人間ATM」―IT活用、代理人が預金管理、貯蓄や融資で生活上向き」というものである。

恥ずかしながら僕は会社でも個人でも朝日新聞を購読していなかったので、記事の内容をずっと確認することができなかった。どうせIITマドラス校の農村ICTの技術開発グループが南部でテスト導入したものでしょうと強がりを言いつつ、記事を読んでみたいと思ったので、同紙のニューデリー支局長のKさんのオフィスをお訪ねし、実際に記事を見せてもらうことにした。Kさん自らが取材されたのではなく、本社からインフォシス社の取材に来られたG記者がついでに取材されたものらしい。

記事の内容を紹介しよう。
南部の都市バンガロールから、牧草地や麦畑を車で3時間走ると、人口約500人のカサガッタ村(Kasagatta、カルナタカ州)に着く。夕暮れ時、昼間は小学校に使われている小屋に、村人がひとり、ふたりと集まってくる。迎えるのは教師のムニアンマさん(40歳)だが、村人は勉強しに来たのではない。お金の出し入れに来たのだ。

雑貨店を営む女性は10ルピー札を握り締め、その日の売り上げ50ルピー(約140円)を預け入れに来た。ノートパソコンほどの大きさの端末にカード(スマートカード)を入れて指を置き、指紋で本人認証する。「1日中パンをこねたから」と何度も前掛けで手をぬぐい、ようやく本人確認できた。

ムニアンマさんが入金額を機械に打ち込むと「50ルピー」と音声が流れた。女性はそれを聞き指紋認証で確認。最後にムニアンマさんが携帯電話を機械につなぎ、口座名や入金額などの取引情報を銀行のサーバーに送信して完了だ。

ムニアンマさんは2007年夏、都市部に本店を置く銀行の「代理人」になった。携帯電話と専用の機械で預金の入出金を行う、いわば「人間ATM」だ。1ルピーから入金でき、朝から日暮れまで、ムニアンマさんの手がすいていればいつでも利用できる。1日6~8人、計5000ルピーほどの出入金を扱う。手元の現金が一定額に達すると、10kmほどはなれた町の支店に足を運ぶ。

IMFAST.jpg
▲端末(iMFAST)を操作するムニアンマさん(中央)
村と町を結ぶバスは1日2便で運賃は往復14ルピー。1日の収入が30~40ルピー程度の農民にとっては大金だ。歩けば片道1時間かかるため、「人間ATM」が導入されるまで、村の銀行口座保有者は10人だけだった。それが、いまは全150世帯の村で、一家に最低1つの口座がある。

金融サービスを受けられるようになったことで貯蓄の習慣が根付き、ローンを組んで計画的に資金調達する農民が増えた。畑作農家のラマンジャナッパさん(50歳)は銀行から2万ルピーを借り、乳牛を1頭買って酪農を始めた。「毎日15リットルのミルクを売って月4千ルピーの副収入になる」と話す。

未開拓市場、企業が注目
「人間ATM」は、インド政府が地方経済の安定化を狙って進める政策の一環で導入された。農民には農村振興のための国の補助金や年金を受け取る窓口さえない。そうしたお金をかすめ取る「公金ブローカー」の暗躍を許した。

カサガッタ村の「人間ATM」のシステムは、バンガロールのIT企業インテグラマイクロシステムズが作り上げた。指紋による生体認証やトラクターのバッテリーで動く省電力システム、文字が読めない人のために、地方の言葉で入金額を読み上げる音声システムを採用した。

アンドラプラデシュ州の別の村では、このシステムの導入後、牛乳メーカーが契約農家への支払いを現金から口座振替に切り替えた。現金を配るための人件費を節約できる上、契約農家の情報管理もできるようになった。

「人間ATM」は試行から約10ヶ月で計7州の150村、1万5千口座に広がった。さらに500村、20万口座分の導入を準備中だ。同社のラム・シルプラプ統括部長(42歳)は「われわれのようなIT企業などにとって、巨大な未開拓市場にアプローチするきっかけになる」と話す。
出所:朝日新聞、4月25日。記事をそのまま転載したが、括弧部分は筆者が補足。
「人間ATM」という言葉はなんとなく無機質な響きがあって朝日新聞の記者にしては珍しいなと感じたが、要するに「無店舗銀行業務(branchless banking)」ということである。

実はこの記事に先立つこと約4ヶ月前、2007年12月24日のThe Hindu - Business Line紙に「A 'micro branch' for the un-banked: Branchless banking set to be the next killer product(銀行業務サービスを受けていない人々のための「小型支店」:無店舗銀行業務は次のヒット商品となりつつある)」と題した記事が掲載されていた。先の朝日の記事はどちらかというと現場の村での受益者の声とこのiMFAST(Integra's Mobile Financial Application Secure Terminal)という端末が農村生活に与えたインパクトを中心に描かれているのに対し、The Hindu - Business Line紙の記事内容はどちらかというとiMFASTの技術面に焦点を当て、その適用可能性について報じている。

重複する部分を除いてiMFASTのスペックとメリットについて簡単の述べておく。

iMFASTはその名の通り、代理人サポート(agent-assisted)による持ち運び可能な金融取引端末のことである。フロントエンドでは顧客とのPOSサービスのデバイスとして機能(オフライン)し、バックエンドでは、オフラインで利用者の識別と生体認証を行なう他、携帯電話でオンライン接続して金融機関のデータベースとのデータ交換を行なう。携帯電話は1台で約5万人分の顧客情報を保存できる。この顧客情報には各顧客につき4枚の写真と6~10枚までの指紋情報、過去5年間分の金融取引の情報が含まれる。つまり、代理人が持つ携帯電話自体が、「超小型支店(micro branch)」としての機能を果たすのである。

インドには年金給付だけではなく、農村雇用保証プログラム(National Rural Employment Guarantee Programme)というのがあって、年間90日(要確認)の農村雇用の確保が農民に保証されているが、このプログラムによる国からの賃金支払いも、仲介人を介在させることなくiMFASTを通じて各顧客のスマートカードにデータ保管される。こうした振込みだけではなく、預金受入や預金引出し、残高照会等には応じることができる。そして、将来的には、iMFASTを通じて、スマートカード保有者間の資金の振替、同一保有者が持つ複数口座間の資金の振替、自動振替、送金受け取り、定期預金等のニーズにも応じられるよう、システムをアップグレードしていく計画であるという。

費用面でのメリットは、ATMや農村に支店を開設するのに比べて、こうした端末の費用は10%未満であるという。

ITを活用すれば今まで顧客と見られていなかった遠隔地の貧困層もサービスの対象となってくるという点では、BOT(Bottom of the Pyramid)市場開拓の典型的な事例であり、非常に面白いと思う。しかも、朝日の記事を見るとおわかりかと思うが、顧客の時間や費用の節約にも繋がっているばかりか、代理人という職を農村にて創出してもいる。ただ、調べながら幾つかの疑問も涌いてきた。

第1に、現金収入の貯蔵手段としてのiMFASTのモデルは確かに面白いが、こういう対顧客向け個人サービスが従来行なわれてきた自助グループ(SHG)を通じた貯蓄促進に置き換わってくるとしたら、地域の連帯はむしろ弱まってしまうのではないかということである。SHGのグループ貯蓄にはいろいろ隠れた目的があって、女性の家庭内での地位の向上や、地域の課題解決に向けた取組みへの女性の参加の促進といったことも含まれている。「人間ATM」は個人向けの金融取引であるので、女性のエンパワーメントや地域の連帯強化にはあまり貢献しないであろうということが想像される。

第2に、「agent-assited」という以上、優秀な代理人の選定や育成は必須の課題ではないかと思う。代理人を請け負うことで記事に出てくるムニアンマさんがどれくらいのコミッションを貰っているのかはよくわからないが、地域の中では半独占的な存在であり、人選には相当慎重である必要があるし、たとえ開業しても端末の操作方法や現金管理について、それなりのフォローアップも必要だと思う。手元の現金が一定額に達すると町の支店に代理人が自ら運んでいるとあるが、この「一定額」とは幾らくらいなのか、代理人が自ら町まで現金を運ぶのは危なくないのか、或いは自宅で現金保管していること自体が危なくはないのか、代理人の現金事故のリスク管理には、記事だけではわからない幾つかの課題があるような気がする。
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