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『アジアに共に歩む人がいる』 [読書日記]

アジアに共に歩む人がいる―ヒ素汚染にいどむ (岩波ジュニア新書 (521))

アジアに共に歩む人がいる―ヒ素汚染にいどむ (岩波ジュニア新書 (521))

  • 作者: 川原 一之
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 2005/11
  • メディア: 新書

 

 


内容(「MARC」データベースより)
3000万人がヒ素汚染水を飲んでいるバングラデシュでの安全な水探しや貧困問題…。NGO「アジア砒素ネットワーク」の活動を通して、アジアに広がっていくヒ素汚染を追う。

僕の知人で国際協力に携わっている人から、「川原さんは語り部である」と聞かされたことがある。もう7年も前のことになるが、川原さんが1980年に執筆された『口伝亜砒焼き谷』を市立図書館で見つけて借りて読んだことがあって、すらすら読めてしかも重要なメッセージをその文章にちゃんと込めることのできる方だなと思った。元朝日新聞の記者をやっておられた際に宮崎県の土呂久鉱害と出会い、記者を辞めてまで鉱害訴訟に関わった方である。そして土呂久訴訟が山を越えた後、砒素の被害は日本国内だけではなく世界中で起きていること、特に生活基盤が脆弱な開発途上国の住民ほど深刻な被害に遭っていることを知り、宮崎に拠点を置くネットワーク型NGO「アジア砒素ネットワーク」の立ち上げに関わり、水文地質、土木工学、医学、文化人類学、社会学等の様々な分野のエキスパートの協力を得て、バングラデシュのシャムタ村の地下水砒素汚染対策から、さらに面的な拡大を進めて活躍をしてこられた方である。

『口伝亜砒焼き谷』を読み、その後のアジア砒素ネットワークのシャムタでの活動を聞いていた者にとって、川原さんが『口伝~』で描いた土呂久・松尾鉱毒訴訟と、シャムタの活動を繋げた記録を書かれることには大きな期待感があった。それを、岩波新書ではなく岩波ジュニア新書から出されているところにも感銘するところがある。川原さんは本書の中で度々書かれているが、シャムタでの活動を通じて、若い世代の人たちがエキスパートとして育ちつつある。そんな中には土呂久の鉱害の被害者家庭の子息も含まれ、土呂久の経験がアジアを中心とした世界の国々と繋がっていく様子をとても生き生きと描いている。さらに、シャムタの経験から見えてきた地下水砒素汚染のメカニズムについても、わかっている範囲で見事に描き出している。次世代の若者に読んで欲しいという思いはとても強く感じる。でも、内容は新書として十分な価値があるものだと思った。

もう1つ、川原さんがこれを次世代の若者に読んで欲しいと願ったのは、地下水砒素汚染の問題は人間の生活と密接に繋がっており、このことは他の環境問題とも共通する、人類にとっての大きな課題であるとの思いからだと理解した。いかに地下水灌漑で砒素を含んだ水を汲み上げて稲作で使おうとも、米粒には砒素は溜まらない、また母親が砒素を含んだ水を飲んでも、母乳には砒素は出ない、僕は昔そう聞いたことがある。稲も哺乳類も砒素から子孫を守るための機能を有していると見られていたのが、最近のバングラデシュの砒素汚染の調査報告では、米粒や母乳からも砒素が検出されたという内容が見られるようになってきたと川原さんは述べている(pp.182-184)。「生きものは、毒性の強い無機ヒ素を毒性の弱い有機ヒ素に変えて、からだの外に排泄する機能を持っている。その能力を超えた量を摂取すると、排泄できずに、体内にとどまるヒ素が増えてくる。米粒や母乳からヒ素が検出されたことは、その地域の環境中のヒ素量が、生きものがヒ素と共存できる範囲を超えてきたことを意味しているのではなかろうか。」(pp.183-184)

ではなぜ環境中の砒素量がそれほど増えてきたのかというと、川原さんは人間の生活にその根本的原因を求めている。「ヒ素とつき合う中で、ヒ素が環境を汚染するのは、ヒ素が悪者だからではなく、人間の側に問題があるからだ、と思うようになった。ヒ素は人間が自然の秩序をこわしたときにあばれだす。それは、人間の生活や生産活動のゆがみに対する警告ではないだろうか。」(pp.213-214)バングラデシュの村落住民が自然の秩序を壊した、或いは壊さざるを得なかった理由は何なのかは考えなければいけない問題だと思うが(僕は貧困かなと思うが)、こうした人間の生活や生産活動のゆがみを気付き、変えていけるのは、その影響を最も強く受けるであろう次の世代の人々であろう。おそらく、川原さんはそれを伝えたかったのではないかと思う。

実は、地下水砒素汚染の問題は、シャムタ村のあるバングラデシュ西部だけではなく、ガンジス川沿岸のネパール、インドのウッタルプラデシュ州、西ベンガル州でもあり、ガンジス沿岸だけではなく、ブラマプトラ川沿岸のインド・アッサム州、バングラデシュ東部にもある。そればかりか、インダス川沿岸のパキスタン、イラワジ川沿岸のミャンマーでも地下水から基準値を超える砒素が検出されている。要はヒマラヤ山脈を水源とする大河が大量の土砂を運び込んで堆積してできてデルタ地帯は、どこでも地下水が汚染される可能性があるという。

では、決定的な対策はあるのだろうか。アジア砒素ネットワークのシャムタ村での経験からは、砒素汚染対策には、飲料水の検査、村人への啓発、住民参加促進、安全な水供給、患者の治療と経過観察といった総合的な活動が必要であることがわかってきている。そのためには、化学者、ソーシャルワーカー、医師、水供給技術者等が各々の専門領域の垣根を越えて相互に協力していくことが必要だと川原さんは指摘している(p.140)。ここで挙げた各々が大変に困難を極めることである。安全な水を安価な代替水源を確保して供給するには手段はいくつも考えられるが、地域特性も考えて最適な組み合わせを考えていく必要がある。その井戸水が今は安全だからといってずっと安全なわけではないため、こまめに水質検査を行う必要があるが、こうした実践を継続的に行うことが村人にできるかどうか。また、一見何の変哲もない砒素汚染地下水、1回飲んだぐらいじゃ大丈夫だろうと考えて続けざまに飲むということが考えられる筈で、危なくなったからといってその井戸水を飲むのを即禁止してもそれを守り続けられるかどうかはわからない。よほど魅力的な代替策でも提示できないと、人の行動を変えることは非常に難しい。ちゃんと栄養を摂取して治療を受ければ症状は改善する筈なのに、それがなかなかできないのはその費用を住民が負担できないことや、仕事を休んで治療を受けることの機会費用が大きいからであると考えられる。要は貧困が絡んでくるのである。

本書を読みながら、久し振りに砒素の問題について考えてみた。僕が今住むインドでも問題は起きている。というか、元々最初の地下水砒素汚染の被害が報告されたのが西ベンガル州なのだから当然である。新聞でこんな話題が取り上げられることはあまりないが、注意しておきたいと思っている。

日本に住む人々に途上国の貧困について考えてもらう切り口として、日本人と途上国に住む人々が共感できる共通の課題が何だろうかと僕はよく考える。最も身近な僕の答えは高齢化であり、だからインドに来ても特に高齢者の問題は注意して見るように心がけているが、川原さんの著書は、「砒素」もそうした切り口の1つであることを示している。高齢化はもっと広いが、砒素の問題は、国境を越えて地域と地域が繋がるきっかけになっている。

口伝亜砒焼き谷 (1980年)

  • 作者: 川原 一之
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 1980/11
  • メディア: -


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