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『階級社会』 [読書日記]

階級社会―現代日本の格差を問う

階級社会―現代日本の格差を問う

  • 作者: 橋本 健二
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2006/09
  • メディア: 単行本

内容紹介
今や日本は世界的にみても不平等度が高く貧困者の多い国である<本書第4章より>一握りの富裕層が富を独占する一方で、職のない若者たちはアンダークラス化し、貧困層は増大し続ける。日本は今や階級格差の超大国であり、階級格差は今もなお拡大し続けている。衝撃的現実を客観的データに基づいてレポートし、現代日本に警鐘を鳴らす。

隔週刊の「ダカーポ」が毎年年末企画として行う「今年最高の本」特集の中で紹介されていた本である。評者曰く、「去年(2005年)は『下流社会』が話題になりました。あの本は、中流層のなかから”自分は下流だ”と思う人が増えてきたという内容で、下層が増えてきたという内容ではない。なのに、”下流社会”という言葉が独り歩きして、貧富の差が拡大しているみたいな感覚になっています。いままでは階級という言葉を避けて階層という言い方をしてましたが、日本はまぎれもなく階級社会なんだと指摘したのが、この本。著者は、自分で働く裁量を持っていない人をいわゆる労働者階級であると定義し、実際にそういう階級は固定化しているんだと書いています。」(2007年1月3・17日合併号、p.12)
 
全体的に、相当量のデータを駆使して分析を行い、理論武装がなされているとの印象が強い。データの分析結果や解釈の仕方については、「確かにそうだよな」と思わせる説得力があると思う。著者が使用している用語がマルクス経済学でよく使われるものなので、そういう点から、マル経の分析手法ってのはこういうものなのだなとわかり興味深い本だった。ただ、余分な章が散見されもする。論点自体はかなり明確だと思うので、最初から最後まで全部精読するよりも、必要だと思える章だけ拾い読みすればいい。特に、第3章の「庶民とヒーローの階級闘争――『下町の太陽』と梶原一騎」は面白い。
 
その他に本書の目玉といえるのは次のような論点でないかと思う。著者は日本人を「資本家階級」「新中間階級」「旧中間階級」「労働者階級」の4グループに類型化し、第4章において労働時間が自分の仕事への満足度や他人への信頼度にどのような影響を与えるのかを分析しているのだが、これによると、労働時間が長くなればなるほど、新中間階級と労働者階級では仕事満足度が顕著に低下していく。また、労働時間が長くなると資本家階級や旧中間階級の他人への信頼度はむしろ高まる傾向があるが、新中間階級の場合は、労働時間が長くなればなるほど他人を信用できるという意識が急激に失われる。そして、労働者階級の場合は、労働時間の長さとは無関係にそもそも他人を信用、期待していないというのが明らかである。こうしたことから、著者は、長時間労働が新中間階級や労働者階級から一般的信頼感を奪い、協力行動を困難にし、階級闘争を不可能にしてしまうと主張する。(p.118)
 
言い換えると、現代の日本では、労働者階級から階級闘争に発展する可能性は極めて低いと結論付けられる。労働者階級は、政治に対する関心が低く、政治に関する知識も少なく、政治家や政治団体との接触も少ない。しかも、他人を信用しないため、協力行動もとりにくい。労働者階級を革命の主体とみなしたマルクス主義の革命論は、事実の前に完全に破綻していると筆者は述べている(pp.118-119)。
 
他方で、日本の新中間階級は、長時間労働でなければ仕事に高い満足を示し、労働者階級を搾取することから大きな利益を得ているので、現状を変えることには利害をあまり持っていないという。反面、彼らの政治意識は高く、貧富格差解消策に賛成している。従って、階級格差の拡大に歯止めをかける勢力が日本に生まれる可能性があるとしたら、その基盤は新中間階級以外には考えられないという(pp.119-120)。
 
この点は、僕の日常生活で感じている感覚と極めて近いと思う。最近、フリーターやニートを扱ったテレビ番組を見ていると、結構真面目に自分と向き合って現状を変えようと取り組んでいる若者が大勢いるのはよくわかる。ただ、それが企業の雇用政策のあり方に問題があるとか、政治・社会に問題があるのだとか、自分自身以外のところに問題の所在を求める方向には意識がなかなか向いていないように思える。選挙が行われる度に低い投票率が話題になるが、折角の選挙権が投票行動に結びつかないのは、彼らが格差の構造の中で上昇移動を諦めて、自らの境遇に適応して、下流なりの充足と消費文化へと埋没する傾向があるからだといえるかもしれない。
 
僕自身を分析した場合、一応は新中間階級と言えるのではないかと思うが、本書が描いているように、ここ数年の長時間労働のお陰で、会社に対する信頼感も仕事への満足度ももはや喪失しており、かつ他人を容易に信じない嫌な性格になってきているなと思うことが多くなった。本書において、著者は、新中間階級が、格差拡大の現実とその弊害を最もよく理解する中間階級として、上位に位置する資本家階級との格差、下位に位置する労働者階級との格差をともに縮小させるような政策を支持できるかどうかに社会の行方がかかっているとしているが、その鍵となるものが労働時間の短縮であろうと見ている(pp.202-203)。
 
「近年の日本では、労働時間の短い非正規労働者が増加する一方で、男性正社員の労働時間は長くなる傾向にあり、労働時間の二極化が進行している。労働者階級と新中間階級の経済的な格差が拡大するひとつの原因は、ここにある。新中間階級の労働時間が短縮されれば、その分、格差は縮小される。労働需要も増加して、正規雇用が増加し、賃金は底上げされるだろう。新中間階級の収入は減少することになるが、これまで以上の自由時間を手に入れることができる。男性が家事や育児を担うことも可能になるから、女性の就業継続が容易になり、その待遇も改善されていく。(中略)長時間労働は新中間階級の一般的信頼感を低下させる傾向があるが、その原因のひとつは、おそらく長時間労働のもとにおかれた新中間階級が、家族やコミュニティから切り離されていたことである。自由時間の増加は、これらの人々の一般的信頼感を回復させ、協力行動を可能にする。協力行動をとるようになった新中間階級は、さらに労働時間短縮の流れを確実なものとしていくことができるだろう。」(pp.202-203)
 
本書を読んでみて、可能な限りは長時間労働に抵抗してみようかなという気持ちに少し傾いてきたところだ。体を壊して次の異動先の選定に支障を来たすのでは何のための長時間労働だったのかわからないから。

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コメント 3

ieneko

Sanchaiさん、いつも面白い記事読ませていただいております。本が入手できない状態で大変申し訳ないのですが、初コメントさせていただきます。的外れでなければいいなと思います。

本書の労働社会層が階級闘争の主体足りえず、むしろ中間層であるという指摘は的を得ている気がします。しかしながら、理由付けが、

「労働者階級は、政治に対する関心が低く、政治に関する知識も少なく、政治家や政治団体との接触も少ない。しかも、他人を信用しないため、協力行動もとりにくい。労働者階級を革命の主体とみなしたマルクス主義の革命論は、事実の前に完全に破綻していると筆者は述べている(pp.118-119)。」

というのでありましたら、労働者層の戦略行動を無視しているように思われます。「小泉何とかしてくんないかな。」「いまの政治はだめだ」という声はどこの場末の居酒屋にいっても聞くことができます。政府の文句を言わない、労働者なんて見たことがありません。政治に興味がないわけではなく、ただ政治に対して力が及ぼせないことを知っている。そして、何かすることはリスクが大きいことを知っている。だからもっとも安全確実に状況を改善できるチャンスが来るまで待っているに過ぎないともみることもできるはずです。誰か、中間層の義憤に満ちた者が現われ、成功しそうなら支援する。失敗しそうなら黙殺する。これは生活を守るための賢い選択ではないかと思うのです。
大衆には大衆の政治があるのではないかと思うのです。「政治に関心がない」は少しアカデミックの偏見がはいっている気がします。
by ieneko (2007-01-20 16:08) 

Sanchai

☆ienekoさん、コメントありがとうございます☆
第4パラのご意見については、データで示されるとそうかなと思えるところではありますので、実際に本書をご覧戴いて、データの解釈の仕方について批判的に検証されることをお薦めしたいと思います。

労働者が生活に不満を持っていないというつもりは毛頭ありませんが、労働組合の組織率や選挙での低い投票率を見ていると、勿論正確なデータを取った上で申し上げているわけではありませんけど、素人目にはリスクがそれほど大きくはない行動でも取られていないという状況があるのではないかと思います。(組合が自分を守ってくれる存在では必ずしもないというのも事実ですが。)
by Sanchai (2007-01-20 21:37) 

ieneko

丁寧なご返事ありがとうございます。書き込んだ後で、やはり本を読んでからにするべきであったと思っておりました。東京に寄る際には、探して読んでみようと思います。今後も面白い記事を期待しております。
by ieneko (2007-01-21 00:02) 

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