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国際ICT政策セミナーレポート [仕事が好き]

国際ICT政策セミナー
「情報通信セクター改革と地方通信インフラストラクチャー」
-中央アジア・コーカサス地域の発展を中心に-

 2004年8月23日から9月1日にかけて、慶應大学湘南藤沢キャンパスをメーン会場として、国際ICT政策セミナー「情報通信セクター改革と地方通信インフラストラクチャー」が開催された。本セミナーはJICA、欧州復興開発銀行(EBRD)、IDRC(カナダ)及び慶應義塾大学の共催により、中央アジア・コーカサス地域5ヶ国の規制当局代表者と世界各国の情報通信分野の政策担当者、規制当局、政策研究者、他援助機関等から招聘した延べ約50名と、国内から募った延べ約50名の参加によって開催された。

1. ICT分野における国際社会の動向

情報通信技術(以下、ICT)は、知識集約型の成長を創出し、地域における雇用の創出・知識・情報へのアクセスを可能にするといった点において、先進国・途上国の双方にとって不可欠である。2003年12月にジュネーブで行なわれた世界情報社会サミットにおいても、2006年に向けて、先進国と途上国が共同してデジタル・ディバイド解消のための具体的行動を取ることを求めている。

しかし、多くの途上国では、このようなICTへのアクセスを可能とするための通信インフラの整備が著しく立ち遅れており、整備に必要な財政負担にも厳しく制約がある。アクセス改善への第一歩は、通信セクターの規制緩和、ユニバーサル・アクセス・ファンド(以下、UAF)の導入などの具体的な政策改革を進め、民間資金を活用した通信インフラの整備を可能とすることである。また、この通信情報インフラを地域社会の振興と雇用の拡大、競争力の強化に結びつけるためには、大学と起業家を核としてイノベーションを生み出す知的産業のクラスターを形成するための総合的な地域開発戦略も必要となる。

援助機関の間では、このような民間参加によるインフラ整備、総合的なICT政策の確立などに向け様々な取組みが行なわれている。例えば、ADBやEBRDでは、アジア諸国や移行国に対して通信の自由化、民営化、独立規制機関の設立等に向けた資金援助・知的支援を行なっている。またIDRCは、これまでの通信規制緩和の経験を整理し、どのような順序での改革が最も効率的であったかといった政策研究を積極的に行なっている。加えて、多くの機関では、民間参加によるユニバーサル・アクセスの実現に向けた手法の研究が進んでいる。一方、大学におけるICTの政策教育や起業家などの能力向上も途上国のデジタル・ディバイド解消のためには重要と考えられている。

2. セミナーの概要

本セミナーは、2004年4月にEBRD理事会で承認された「早期移行国イニシアチブ(Early Transition Country Initiative)」と連携し、中央アジア・コーカサス地域の最貧困国において民間セクターの投資活動を活性化するのに必要な通信セクター改革を早期実現するため、これら地域から政策立案者を招聘し、既に通信セクター改革の先行事例を持つ国の政策立案者、研究者と、ナレッジ共有型のワークショップを実施するものであった。セミナーでは、民間参入によって通信インフラの整備を進め、国・地方自治体がICTの導入によって知的産業の集積を図るための総合的な政策作りを行なうための鍵として、以下の4つの課題を設定した。

(1)経済活動の自由化とそれを支える規制枠組み

ICTと経済成長の相関関係を詳しく見ると、電話加入率やパソコン普及率、インターネット利用率といった指標は必ずしも経済成長と高い相関関係にあるわけではない。成長の背景にあるより重要な要素は、GDPに占める海外直接投資の割合などに代表される投資環境や、公的セクターのガバナンスや企業統治、金融セクターの発展などであると考えられる。従って、ICT開発では、民間セクターの活動を支えるメカニズム、例えば、効率的で透明性が高い規制枠組みやICTを活用した広範なビジネス機会の創出、イノベーションや企業家精神を育む環境、企業家を支援する金融や社会インフラが前提として必要となってくる。このような投資環境整備の重要性は、『世界開発報告2005』でも指摘されたところであり、本セミナーでも、民間活力の導入を可能とするための政策改革につき、各国のベスト・プラクティスと課題を共有し、参加者間での意見交換を行なった。具体的には、途上国の政策担当者が、世界銀行が開発したICT政策アセスメント・ツールを活用し、それぞれの国の通信自由化政策の現状評価を試みた。次に、各国の実情を踏まえて、ICT政策・通信サービス規制緩和への次のステップを具体的に提案する行動計画を作成した。

1社独占の産業構造が一般的であった通信セクターにおいて、ネットワークをアンバンドル化して部分的な競争導入を行なう場合、ボトルネック保有企業と新規参入企業との相互接続が重要になる。しかし、自由競争の下では相互接続が自然に実現するとか必ずしも限らない。アンバンドル化が産業全体の効率を引き上げるためには、相互接続において新規参入企業が不利益を被らないようなルールの設定と監視を行なう規制機関の役割が競争導入と同様に強く求められる。

(2)ユニバーサル・アクセス
 
セミナーでは、特に、地方の通信インフラの整備に向けたUAFという新しい通信政策上の仕組みの導入と活用について討議を行なった。遠隔地域における通信事業は、民間企業がいかに効率的経営を行なったとしても不採算に陥る可能性が高く、民活によるインフラ整備を進めるには、事業立ち上げ後の一定期間、事業リスクを公的に補償する仕組みが必要との見解が援助機関の間では強まっている。UAFは、通信事業者の売上高の3%程度、或いは事業免許料を基金として積み上げ、これを不採算地域における事業者に対する活動助成に充当する仕組みである。本セミナーでは、ペルー、チリ、スリランカ、ウガンダ等、UAF導入実績のある途上国とUAFに関する政策研究で先行する先進国から講師を招き、UAFに対する理解を図った。

UAFは採算地域の事業収入によって不採算地域へのサービス拡大を支援する仕組みであるが、途上国の場合はUAFの積み立てには不足が生じることが懸念される。このため、多くの援助機関では、援助によるUAF支援が必要との見解を持っている。また、UAFによって民間助成を行なう場合にも、Value for Moneyを最大化するには複数事業者間での競争導入が図られ、所定の成果を得るのに最低限の補助金で事業運営を行なうことのできる通信事業者に事業権を付与することが必要である。そのための仕組みとして、”Smart Subsidy”と呼ばれるスキームの研究が国際機関を中心に進んでおり、実際の導入事例の紹介がセミナーでは行なわれた。

(3)テレセンター

所得水準が低い途上国・地域、特に遠隔地域においては、民間事業者による通信網の整備だけでは各家庭がこれらのサービスにアクセスすることは出来ず、公共性の強い情報アクセスの「場」が必要となる。多くの潜在的利用者にとって、自宅に電話を引くために必要な加入料や基本料金の負担は非常に大きく、公衆電話やプリペイド式携帯電話のように必要な時に必要なだけ利用できればよい。このため、”Information Kiosk”、”Rural IT Center”、”Rural Telecenter”などと呼ばれる、情報通信端末を設置して利用者から使用の度に利用料を徴収する、いわゆる「テレセンター」が開設されるケースが増えてきている。テレセンターの中には、政府・ドナーが主導して整備されたものだけではなく、インドのサイバーカフェやバングラデシュのGrameen Phoneのように、民間のイニシアチブにより開設され民間資金のみで運営されてきたものもある。これまでの途上国の経験では、採算上民間による運営が困難な地域へのテレセンター整備の拡大は政府・ドナーの無償資金援助に依存し、持続的運営が可能なテレセンターを全ての村に建設することができなかった。本セミナーでは、地域社会へのサービスの提供、参加型のローカルコンテンツ制作などにより、地域起業家が参加できるモデル、学校などの公共機関・NPOが運営するモデルなど幾つかの持続可能なビジネスモデルが紹介された。これらの活動も、UAFによる支援の対象に含めることにより民間の活力を最大限利用した建設が可能となる。

(4)ICTクラスターの育成

産業クラスターとは、高い先端技術を持った中小企業とそれを支えるベンチャー・キャピタル、大学、研究機関などの経済的・社会的インフラが人間的な交流が可能な比較的近い距離に集まり、相互に密度の高い相互関係を形成する地域を指す。シリコン・バレー、バンガロールなど、それぞれが特徴あるクラスターを形成してきた。高度な知的集約産業を育てるためには、このようなICT分野での産業クラスターの形成が必要不可欠であると考えられる。本セミナーでは、マンチェスター(英国)、北九州、イスラエル、新竹(台湾)におけるICT産業クラスター形成の先行経験を紹介し、大学、自治体、NPO、起業家支援組織などの役割を分析し、地域特性に合ったクラスター形成のための環境作りをいかに行なうのかを討議した。具体的には、大学の技術移転・起業家育成のための役割、ベンチャー・ファイナンスの方法、サイエンスパークの成功の条件などにつき討議を行なった。

3.セミナーの成果と今後の課題

各国事例の紹介、先行事例の研究を通じ、途上国の情報通信セクター改革へのアプローチとして、①競争促進策導入と独立規制当局の役割強化、②UAFのような地方通信インフラ整備助成制度の導入、③テレセンターの設置拡大、を重視するとのコンセンサスが形成された。中央アジア・コーカサス地域では、大手通信事業者に新興事業者への相互接続を義務付け、通信料金の設定に関する独立規制当局の役割は法整備がかなり進んでいる。しかし、政治や政府からの独立性が高い規制当局は創設後日が浅く、職員自身が何をどうやればよいのか必ずしも十分理解して活動が行なわれているわけではないという問題点の指摘があった。UAFについては、キルギスが既に試行導入を開始しており、本セミナー参加国の代表者からも同様なファンドの創設に向けた検討を今後行なうとの発言が見られた。テレセンターは、キルギス、ウズベキスタン、カザフスタン、グルジアでパイロット事業が既に始まっている。しかし、いずれの国でも公的セクターによる上からの取組みに留まっているのが現状で、パイロット事業の自立発展とスケールアップをいかに達成するのかが今後の課題であるとの認識が共有された。その達成に必要な条件として、政治的リーダーシップとサポート、独立規制当局関係者から草の根のICTリテラシーに至るまで膨大な能力開発ニーズの充足、特定セクター限定ではない包括的なアプローチ、が必要との結論であった。

ICTクラスターについては、起業家育成や専門技術開発などを通じて社会変革をもたらすエージェントとして、大学の役割が途上国においても重要であることが確認された。加えて、地域開発計画の立案に関して自治体と住民、民間企業、大学等がICT産業育成を通じて連携してクラスター形成に至るシナリオの第一歩として、電子政府を通じた自治体と企業・大学・地域住民の連携を事例として取り上げ、官民パートナーシップ(PPP)による電子政府開発を通じてステークホルダー全てが恩恵を受けるWin-Win-Win状況について理解を深めた。

セミナーではプレゼンテーションと質疑応答だけではなく、各セッションの後に中央アジア・コーカサスからの参加者に自国の状況を振り返る機会を設け、域内各国への適用可能性につき議論を深めた。加えて、参加者を3つの作業グループに分け、学習内容確認を目的としたグループセッションを毎夕1時間程度設け、「規制枠組み」「ユニバーサル・アクセス」「テレセンター」「ICTクラスター」の4テーマに関してはセミナー後半に全体討議の時間を改めて設ける等して、学習内容の理解促進に努めた。中央アジア・コーカサス各国の情報通信規制当局関係者同士が会して意見交換を行なう機会はこれまで少なく、参加者の間では、近隣諸国の取組み状況から学んだり刺激を受けたりすることができたとセミナーを評価する声が聞かれた。また、今後の要望として、参加者間のネットワークを維持し、連絡を取り合える体制の構築が挙げられた。

8月27日には、二国間援助機関によるICT支援の取組みを紹介するセッションを設けた。JICA関連では社会開発部の取組みを中心に発表を行ない、人材育成重視の姿勢を強調した。とりわけ、2004年10月から技術協力プロジェクト開始予定であったキルギスIT人材育成センターへの言及は、同地域からの参加者が具体的なイメージを持つのに大きく貢献した。多くの参加者より、規制当局者の能力向上からICTリテラシーに至るまで、膨大な人材育成ニーズが存在するとの指摘があり、技術協力による支援の可能性は大きいと考えられる。

以上


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